国宝5城の一つ!松本城の歴史や特徴とは?

カテゴリ「長野
2017.04.18
2018.03.17

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みなさんはこれまでに各地を旅行した際

日本の歴史を感じる「お城」を

訪れたことありますか?
 

日本のお城のうち、

国宝に指定されている城が五つあります。
 

これらのお城を、「国宝5城」と呼びます。

  • 松本城(長野県)
  • 犬山城(愛知県)
  • 彦根城(滋賀県)
  • 姫路城(兵庫県)
  • 松江城(島根県)

がその五つのお城です。
 

今回はそんな国宝5城の一つ

松本城の歴史や特徴

についてご紹介します。
 

 

松本城の歴史とは?建設当初の名前って?

松本城の歴史は

戦国時代の永正年間

(1504~1520年)に

信濃国の守護だった小笠原氏が

林城というお城を作りその枝城として

建てられたのが最初です。
 

その当時は、

深志城(ふかしじょう)

と呼ばれていました。
 

戦国武将「武田」との関係は?

やがて戦国武将として名高い

武田信玄が信濃に侵攻し、

天文19年(1550年)7月15日に

林城・深志城は落城してしまいます。
 

小笠原氏も、信濃から追放されました。
 

武田氏は林城を廃して深志城に

馬場信春を配置し、

松本盆地を支配下に置きます。
 

しかし天正10年(1582年)

武田は滅亡してしまいます。
 

松本城と命名した城主とは?

武田家が滅亡後、深志城は

城代馬場昌房から織田長益に

明け渡されます。
 

その後、

織田信長によって

木曾義昌に安堵されました。
 

本能寺の変後

越後の上杉景勝に擁立され、

小笠原洞雪斎が城を奪還します。
 

ここまでで既に

小笠原家→武田家→馬場信春→織田家

→木曾義昌→小笠原家

かなり松本城を巡って

城主が変わっています。
 

そして徳川家康の麾下となった

小笠原貞慶が旧領を回復し

松本城

と改名しました。
 

戦国の終わりと共に松本城の行方は?

天正18年(1590年)の

豊臣秀吉による小田原征伐の結果

徳川家の関東移封が行われ

当時の松本城主小笠原秀政も

下総古河へと移りました。
 

代わりに石川数正が入城し、

石川数正とその子康長が天守を始め

城郭・城下町の整備を行います。
 

大坂の陣以後は

松平康長や水野家などの

松本藩の居城となりました。
 

水野家の後は松平康長にはじまる

戸田松平家(戸田氏の嫡流)

が代々居城とします。
 

享保12年(1727年)には

本丸御殿が焼失してしまい

それ以降の藩政は二の丸で行われました。
 

 

松本城は解体の危機だった?明治の大修理とは?

明治5年(1872年)に

天守が競売にかけられ一時は

解体の危機が訪ます。
 

しかし、

市川量造ら地元の有力者の尽力によって

買いもどされ解体の難を逃れました。
 

明治30年代頃には

天守が大きく傾いてしまいます。
 

当時の松本中学(旧制)校長の

小林有也氏らによって、

天主保存会が設立されます。
 

天主保存会によって、

明治36年(1903年)から

大正2年(1913年)まで、松本城に

「明治の大修理」

が行われました。
 

松本城が国宝と決まったのはいつ?

明治9年(1876年)6月19日、

不審火によって当時筑摩県庁となっていた

二ノ丸御殿が全焼してしまいます。
 

昭和11年(1936年)に、

国宝に指定されます。
 

昭和27年(1952年)3月29日には、

文化財保護法により改めて

国宝に指定されています。

 

 

松本城の特徴①とは?別名があるって本当?

現在、天守の建物が残っているお城は、

全国12箇所しかありません。
 

そのうち、五重の天守なのは

松本城と姫路城

だけです。
 

五重天守の実物を見ることができるのも

この2城だけです。
 

松本城の天守建物は壁面の

  • 上部を白漆喰
  • 下部を黒漆塗り

の下見板で覆っています。
 

そのため、お城全体が黒っぽく見え

別名「烏城(からすじょう)」

と呼ばれることもあります。
 

松本城の特徴②とは?複合式天守って何?

松本城に備えられている

  • 大天守
  • 辰巳附檜
  • 月見檜

のまとまりは「複合式天守」と呼び、

それぞれの時代を象徴しています。
 

大天守は、石落としなど戦時に対応した

作りになっています。
 

一方、辰巳附櫓・月見櫓は、

第3代将軍徳川家光が

長野の善光寺に参拝する途中で、

松本に立ち寄るという内意を受けたため

当時の藩主松平直政が建てました。
 

そのため、赤い欄干を配して

風雅な雰囲気を持つなど

戦時への対応はありません。
 

この連結複合式天守は松本城だけに

見られる特徴的な構造です。
 

松本城地図、交通情報は?

 
松本城へ行くための交通手段の紹介です。

 
鉄道

JR中央線「松本」駅下車 

徒歩15分(案内板があります。)

松本城までの定期バスもあります。
 

タクシーは、駅前から乗れます。
 

長野自動車道 松本ICから国道158号を

松本市街地方面へ向かい約3km:約15分
 

松本城の天守観覧時間はいつ?

下記が松本城の天守観覧時間になります。

  • 観覧時間:
  • 午前8時30分から午後5時まで

    入場可能なのは午後4時30分まで
    (GWおよび夏期は時間延長があります。)

  • 定 休 日:
  • 12月29日から1月3日

  • 観覧料:
  • 大人 610円、小中学生 300円
    (松本市立博物館との共通券となります。)

 

松本城観覧時の注意とは?

入り口にビニル袋があるので、

それに靴を入れ出口まで持って行きます。
 

城内には急な階段や頭を

ぶつけそうな箇所がありますので

観光の際は十分な注意が必要して下さい。
 

階段は、

はしごといっても良いくらいですので

手荷物はなるべく持たずに入りましょう。
 

トイレが無いので入る前に

お手洗いはを済まておく方がよいです。
 

一方通行になっていますので

入ると逆戻りは出来ません。
 

松本城へのアクセス情報

  • 住所
  • 〒390-0873 松本市丸の内4番1号

  • 電話:0263-32-2902
  • 管理事務所)

松本城公式ホームページ

松市観光公式ホームページ   
  

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